0人が本棚に入れています
本棚に追加
あの日、捨てたはずの感情が、じわりじわりと涙になって奏太の瞳を覆った。胸を浸し始めた痛みがとても懐かしくて、奏太が唇を噛みしめれば、遙先輩が奏太の頭をぽんとひとつ、優しく叩いて離れていった。
玉砕したって、粉々になった欠片を捨てられない奴もいるのに。きっと自分もそうだったのに。捨てたつもりになっていて、本当はなにひとつ捨てられてなんていなくって、それを憧れの先輩に見透かされていたとか格好悪いにも程がある。
出会い頭の変わらないなって、そういう意味だったのか。
女装だって、止めるならわざわざ数年も会ってなかった後輩に連絡なんてしないで、勝手に止めてしまえば良かっただけの話なのに。
(ああ、それなら、俺もここに捨てていこう)
(ハルカ先輩と一緒に、この気持ちをここに埋めて、捨てていこう)
遙か彼方、未来のどこかで、一緒に過ごした高校生のあの日々も、今日この日でさえも、優しい思い出として残していけるように。
それを、誰よりも遥先輩が、良しとしてくれているのだから。
「…遙先輩」
さあ、大好きな先輩の門出を祝おう。遥先輩を思い続けたであろう女性との人生の契りを、心の底から祝ってやろう。
「ご結婚、おめでとうございます」
どうかあなたが、健やかなる時も病める時も、ずっとずっとお嫁さんと幸せでありますように。桜の木の下に埋めた美しい彼女を、捨てていった俺の青い春を、二度と掘り返すことがありませんように。
それだけを、ただただ、願っています。
最初のコメントを投稿しよう!