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その結果を、犬神に話してやる必要もないことだが、そうであれば、わたしが納得できるのだ。
もし、犬神の言うとおり、わたしが彼女を捨てたとサチコさんが誤解してくれたのなら、それはそれでいい。そうすれば、そんな不実な男のことなどさっさと忘れて、幸せになってくれるに違いないからだ。
わたしは、サチコさんが私に好意を持ってくれているのを感じていた。恋と考えてもいいだろうが、しかし、それでも、それ以上の感情であったとは思わない。健康な女性であれば、さっさと”怪物”のわたしのことなど、悪い夢と見たと忘れて別の誰かに恋をするようになるだろう。それが、自然というものだ。
所詮は、久しぶりという以上の休暇だ。気の向くまま、足の向くまま、どこに行ってもいい。それなのに、気がつけば、わたしは、そこに居た。
横浜の中華街に近い一角にある雑居ビル。
その一角だけを見ると、妙に日本離れした異国情緒のある場所に、それはあった。その4階に、それはあったはずだ・・
そして、あった。
「え・・」
正直、わたしも、それには驚いた。<東探偵事務所>わたしは、思わずノックした。
”どうぞ。ただし、東探偵長は居らんがな”中から、声がした。
ちゃ・・
わたしは、中に入った。
「どちらさんじゃな。わしも、今回はここで待ち人しているのだが」
「田中、課長デスカ」わたしは、わざとたどたどしい日本語で言った。
「ほう、わしをご存知か」
「エエ、アナタノ活躍ハ海外デモ有名デスカラ」
「冗談を・・いや、まて、おまえさんか、おまえさんか、エイス」
「・・・そうです、お久しぶりです、田中課長」
「驚いたな、まるっきり日本人には見えない。今は、その格好をしているのか」
「ええ、そうです」
わたしの変装術は、強化人間となった今、完全に神技といってもいいレベルになったと自負している。まあ、あの漫画のエイトマンのようにはいかないが、それでも、多少なら身長も顔の輪郭も変えられる、常人にはない可塑性がわたしにはあるのだ。
「もう、東八郎には戻らないつもりか」田中課長は、さびしそうに言った。
「たぶん。しかし、田中課長はどうしてここに」
「谷博士から連絡があった。たぶん、ここに立ち寄るだろうと」
「そうでしたか」”別に、内緒にしたつもりはないけど、今回の話をしたつもりもないのにな”わたしは、内心、舌打ちする思いだった。
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