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ぼんやりと、昔のことを思い出す。
荒野に咲く盗人萩を可愛らしいと眺めていた時代は、ハギにとって遥か昔となった。
ハギという名は、生まれた時に病院の外が盗人萩で囲まれていたから付けたと母から聞いたことがあった。
その事を知ってから、ハギは盗人萩を自分のように思っていた。
風に吹かれて揺れる茎。
ピンク色のたくさんの小花が長い茎から咲いている。
豆の実は、服にすぐ張り付くやっかいものだが、その鎖状となった独特な形が好きで、どんな手段を使ってもよそへ行こうとする知恵と逞しさに感心している。
植物なのに、見倣いたいとさえ思う。
純粋に生きることを楽しんでいた幸せな時代は悲しいほど短くて、すぐに生きる辛さを知った。
きっかけは、盗人萩を見たくなって一人で外を歩いていた時に、フーシに見つかり殴り飛ばされたこと。
「女が一人で外を歩くな!」
ただ、花を見たかっただけなのに、なんて理不尽だと泣いた。
『外には怖い人がたくさんいる。ハギの身を心配してのことよ』と、母に慰められたことが唯一の救いだった。
それ以来、盗人萩を見ていない。
フーシは、ハギを憎んでいるわけじゃない。むしろ、認めている。
兄たちではなくハギを同行させることがその証拠でもある。
ハギとエンモの上には兄が数名いるが、いずれも使い物にならないか他所で独立している。
丁度使えるのがハギしかいないという理由もあるが、それ以上に期待も込められている。
盗掘中に誰かに見つかれば、逃亡もしなければならない。
同業者だったら、殺し合いに発展することもある。
ハギは身が敏捷で度胸もあるので、女ながらも、いざとなったら戦う勇気を持っていると自負している。
絶妙なバランスの上に、今の状態が成り立っている。
誰もいなくなっては困る。
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