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「ひえ!」
うろたえて、小さな悲鳴まで出た。
(な、なんでこの人がここに!? え、旅の商人って? いやいやいや……、この人、特官じゃない!)
いつまでもお茶を出さず、突っ立っているハギにフーシが注意した。
「ハギ! 失礼な態度をとらないで、きちんとご挨拶しなさい!」
首をすくめて謝った。
「ご、ごめんなさい……、いい、いらっしゃいませ……」
どうしても、声が震える。
手も震えて、カチャカチャと、カップとソーサーが音を立てる。
震えを必死に押さえて、何とか零さずお茶を出した。
フーシは、愛想笑いを客に向けた。
「躾がなってなくてお恥ずかしいが、娘のハギだ」
ハギは、心の中で叫んだ。
(ちょ、ちょっと、ちょっと! フーシ! 何、愛想笑いまでしているの!? その人、特官だから! 敵!)
旅の商人と名乗る特官と談笑するフーシ。
何が何やらわからず、頭の中が混乱した。
――絶対に、偶然じゃない。
自分を調べてここまで来たのだろう。
(どうして、ここがわかったの?)
特官に目を着けられたら最後。絶対に、逃れることはできないと聞かされていたが、こんなに早く体験することになろうとは思わなかった。
客は、見覚えのある錆色の瞳でハギにほほ笑んだ。
「初めまして。ハギ。旅の商人をしている、デスモディウムというものです」
ハギに自分の正体を知られているのに、白々しく旅の商人を名乗っている。
(デスモディウムという名前なんだ。それにしても、旅の商人だなんてよく言えたものだわ。私が一言フーシに告げれば、ピンチになるのに!)
ピンチと考えて、ハタと思った。
(この人にとってのピンチって、どんな状況だろう?)
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