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日曜日の夕食後の午後8時、花島哲也はリビングのソファーで野球中継を見ていた。部屋にはどんよりした濃密な空気が流れている。
ダイニングでは、妻と娘が会話をしているが、テレビに夢中の哲也の耳には入っていない。ところが、娘の紗耶香が放った一言が、哲也の心の底に深く沈めていた痛みに触れた。とたんに心が半分もぎ取られたような不安に襲われる。
「中学校の卒業アルバムを見たいって言われてさあ」
娘の口調の中にはまんざらでもない雰囲気が伺える。
「へえー、それで彼に見せたの?」
今日の昼間、紗耶香が今付き合っている彼氏が遊びに来ていた。
「だって、しつこいんだもん」
「ふ~ん。男の人って、自分の彼女の学生時代の写真見たがるものなのかしら」
「えっ、ひょっとして、ママもパパから見たいって言われた?」
「そうよ。小学校から高校まで、全部の卒業アルバムを見せたわよ。ねえ、あなた」
突然、妻から話を振られたが、哲也は聞こえなかったことにした。
「何?」
「聞こえなかった? あなたと付き合い始めて割とすぐだったと思うけど、私の学生時代の卒業アルバムを見たいって言ったわよねえ」
今度は聞こえなかったことにはできない。テレビのボリュームをリモコンでいく分下げて言った。
「ああ、そんなことがあったな」
硬い背中を向けたまま、冷たく答える。
「へー、驚きー」
紗耶香がいかにも驚いたという顔を哲也に向けながら言う。別に驚くことでもないと思うが、この子は何に対して驚いているのだろうか。今年、大学に入ったばかりの娘の考えることなど、哲也にわかるはずもなかった。
「それなのに、私がパパの家に遊びに行った時、パパの卒業アルバムを見たいって言ったら見せてくれなかったのよ」
「何で? パパ、それっておかしくない?」
兄の正隆が妻に似てまっすぐな性格なのに対して、紗耶香の性格は自分に似て、ちょっとひねくれているところが最近気になっている。
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