娘の一言

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 あれから間もなく20年になる。今夜の娘の一言が自分の汚れた過去のすべてを思い出させた。  今になって思う。隆二は最後まで自分を信じていた。哲也のことを守り抜こうとした。だから、自分がいじめにあった時、自ら哲也との連絡を絶った。隆二はそういう男だったのだ。それなのに、自分は自分のことしか考えていなかった。歪んだ感情によって引きちぎられた自分。あの時、隆二に憎まていたらどんなに楽だったろう。ほんとうは、隆二に伝えたいこと、伝えなければならないことがたくさんあったような気がする。  自分は中村隆二と中村静香という二人の人間を裏切ってしまった。今頃になって深い深い後悔の念に襲われる。だが、すべての責任は自分にある。今の自分にとって、静香は大事な大事な存在だった。静香に対する思いは今どろどろに溶けて混ざり合っているけれど、このまま静香を裏切り続けることはできない。  明日、静香にすべてを話そう。この話を聞くことは静香にとっても辛いことだろう。だが、もう避けては通れない。話すことによって、どんな結果が待ち受けているかもわからない。でも、今はそのすべてを受け入れる覚悟はできている。一つのことがゆっくり終わっていくような心地よささえ感じる。これが、遠く置き忘れてきた日々の中で、心友だった隆二に唯一応える方法だと思うから。  気がつくと、すでに空が白んでいた。夜明けの最初の光がさしている部屋の中で手のひらを見ると、ぽっかりとした空間が残っていた。  
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