30.ぼく、あゆむ

1/5
31人が本棚に入れています
本棚に追加
/126ページ

30.ぼく、あゆむ

「あれ?」 「千尋何してる、先行くぞ」 五十嵐が廊下の少し先から声をかける。 「うん。ちょっと待って、ひろちゃん……」 コロボの声に気付き、千尋が再び室内に入る。  この少し前歩は、聴き覚えのある声の方向に懸命に意識を集中していた。 いつも自分に気持ちを向けてくれる、懐かしく優しい声が聴こえる。 ママ、パパ、アニキさん、ちひろさん。この暖かい人たちが、自分をずっと呼んでくれている。 「ぼく、あそこにいかなきゃ」 歩は以前の感覚を憶い出し、光の世界に再び波長を合わせた。 しかし、何度探しても、コロボの光が無い。 歩の脳波と同調(シンクロ)していたコロボの電子回路は破壊されたため、今のコロボでは歩とシンクロすることが出来なかった。  コロボに入れなければ、歩は意識だけが覚醒したまま、再び孤独な闇の中で過ごすことになる。コロボによって自由に動き回り、五十嵐や千尋とも仲良くなった歩にとって、意識の外の世界への入り口を断たれたことは、余りにも辛い現実だった。 それでも歩が懸命にコロボの光を探していると、ママの優しい歌声が(かす)かに聴こえてきた。  眠れ 眠れ 母の胸に……眠れ 眠れ 母の手に……     
/126ページ

最初のコメントを投稿しよう!