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1.意識の底
佐藤歩が入院したのは4歳の時だ。
交通事故に遭い、大学病院に救急搬送された。
手術は十二時間におよび一命はとりとめるも、遷延性意識障害、いわゆる植物状態となり、歩は、心拍数や血圧などを計測するベッドサイドモニタ(生体情報計)、人工呼吸器、脳波計などの生命維持装置に繋がれた。
歩が存在するのは、光も音も匂いもない真っ暗な世界だ。
時間の感覚はもちろんなくて、上下左右もない。
自我とか、生や死すら別次元のことと思えるような世界に、歩は長い間漂っていた。
もちろん、漂っている自覚すら無かった。
歩は永遠と思える長い時間、無意識という意識の底に沈んでいた。
しかし、事故からおよそ一年後のある日突然、靄が晴れたように意識を戻した。
なぜ意識が戻ったのか、歩にも理由はわからない。
暗い谷底から明るい地上に急に出てきたように、突然意識が戻った。
歩は自分の状況がわからずに混乱した。
自分が寝たきりなこともわからないし、身体があり手や足があることも忘れていた。
自我と、目の前に無限に広がる暗闇だけが在り、それ以外は何も無い。
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