なんでもない話

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歳をとることは、できることが増えていくことだと思っていた。 でも実際は枷が増えて、どんどん身動きがとれなくなっていく。 まともであろうとすればするほど世間体やしがらみにがんじがらめになって、息苦しさが募っていく。 俺も彼も両親にカミングアウトしていない。彼は俺の両親とよく会っているが、友達を装っている。 両親が帰ったあと、彼は少し寂しそうにコーヒーを飲む。 いつもはミルクと砂糖を大量に入れるくせに、そのときだけ濃厚な黒を、苦行のように飲み干す。 その黒い香りが、俺の肺に入り込み、臓腑にどんより溜まっていく。 そしていつしか俺は、この窓の外に広がる闇よりも深く、沈み込んでしまった。 そんな俺を、彼は、必死に照らそうとする。 新作の映画の話を、話題のドラマの話を、面白かった漫画の話を、ネットで見つけた爆笑ネタを、毎日毎日探してきては、明るく俺にふりかける。 だけど俺は反応を返さない。 リアクションなんて求めないでほしい。 どんでん返しも、オチもいらない。 真昼の日差しみたいな賑やかさより、夜風のささやきのようなしっとりとした落ち着きがほしい。 他愛もない、どうでもいい話でいい。 ……間違っても愛の言葉なんて口に出さないでほしい。 心がざわついて眠れなくなる。 腹が立って殴りたくなる。
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