なんでもない話

7/10
前へ
/10ページ
次へ
「うわ~、外、すごい雨! もうびちゃびちゃ!」 彼が慌ただしく部屋に飛び込んできた。窓からストロボのような光が弾け、その濡れそぼった顔を照らす。 わざと傘をささなかったんだろ、おまえ。 「夕立は勘弁してほしいけど、一雨ごとに暑さが和らぐのはありがたいかな」 ぽたぽたと雫を滴らせて、よっこらせと隣の椅子に座る。 張り付いたシャツから透ける肌に、いまだに色っぽさを感じてしまう。 抱かないでくれと言い出したのは俺なのに。 おまえを拒んだ俺なのに。 ふわりと漂ってくる蒸れた肌の匂い。毎晩嗅いでいた匂い。吸い込むと、それだけで熱い記憶が蘇る。 男同士なんて初めてで、怖くて、一線を越えるのを躊躇った俺を、おまえは急かすことなく待ってくれた。ただ優しく抱きしめて眠ってくれた。その温かさに恐怖心が溶けて、受け入れることができた。 人と繋がったことを泣くほど嬉しいと思ったのは、あれが初めてだった。 ヤキモチやきのおまえが毎晩つけるマーキングを、叱りつつも内心喜んでいたなんて、おまえは知らないだろうな。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

146人が本棚に入れています
本棚に追加