茜色のパン屋さん

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*  どんな色なのかと聞かれても、きっとその複雑で美しい色の重なりを正確に言い表すことは、決して出来ないのだろう。 「綺麗……」 私はその目の前に広がる自然が作り出したその色を目にする度、そう言わずにはいられない。 そして何とか言葉に表現してみたいと、自分が知っている限りの言葉達を、頭の中でなんとか繋ぎ合わせてみようと模索する。 頭の中で、私が考え得る拙い言葉達が、必死になって正解の表現を目指して、うねり混ざり合っては虚しく立ち消えていく。 結局、誰かとこの感動を共有したいと思っても、所詮は言い表すことが出来ないという結論にたどり着き、それが物悲しさに拍車をかけることとなる。 そうして私は言うに事欠き、やがてこう愚痴るのだ。 「これで電線が無かったら、言うことないのに……」 9月終わり。 晴れた日の夕方で18時前後に通るこの場所は、私の心を優しくしめつける。 温暖化の影響からか、秋と言うには気候としてはまだ早いような気もする。身体を吹き抜ける風も、まだ夏っぽさを残した熱を孕んでいる。 それなのに、眼前の柔らかい光に包まれた辺りの様相は、秋の輪郭を形成し始めているようにも思える。 季節の変わり目のその移ろいを、自然や自分の肌でひしひしと感じることが出来るのは、贅沢なことだ。 仕事が終わって原付での帰宅中、割と大きな河に架かる橋の手前にさしかかると、必ず信号に引っ掛かる。 その信号が青になるのを待っている間、私はこの時間がもう少し長く続けば良いのになと思うくらいの、この壮観な空の色に出会う。 大きな河の向こうに広がる空は、オレンジ色や金色、金色と白色の横線が入ったり、その下に少し青碧がかった薄い水色が入っていたりして。泣きたくなるような優しい色合いで彩られている。 鰯雲も、淡いピンク色の輪郭が縁取られている。下から見上げると、まるで空に肌触りの良さそうな毛布がかけられているかのようだ。 この季節のこの時間の空が、たまらなく好きだ。 ーーでも。 この季節のこの時間の空は。 私に寂しさも与えてくる。
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