茜色のパン屋さん

5/9
前へ
/9ページ
次へ
「いらっしゃい」 心底美しいと思った構図の中にあった、堤防沿いの道にあったそのパン屋さんには、どことなく私の好きなミュージシャンに似たお兄さんがいて。 似ていると思ったのは、その元々細めな目を、更に細めて笑っていたところにあるのかもしれない。 ログハウスなパン屋さん。 自分の気に入った景色の中に存在していただけでなく、テラス席があったことにも、私は嬉しくなった。 この何物にも替えがたい景色を、ゆっくりと座ってただひたすら眺め続けることを叶えてくれる場所。 気づいて初めて立ち寄ったけれど、勝手に運命的なものを次から次へと感じる私は、きっと勝手で迷惑な人間だ。 「あの……これ、テラス席で食べていっても良いですか?」 パン屋さんでは、あまり見かけないバナナの形をしたカステラパンをトングで掴みながら、私は思いきって声をかけた。 多分、そのバナナ形のカステラパンが今ここに無かったら、私はお兄さんに声をかけることが出来なかっただろう。 それほどまでに、私は陳列されたパンの中からそれを見つけた時、思ったのだ。 あの夕焼け空を見ながらこのバナナ形のカステラパンを食べて、あの人との想い出に浸ろうと。 すると、レジに立っていたパン屋のお兄さんは、私が最初に入って来た時に見せた笑顔のまま頷いた。 「良いですよ。あぁ、今丁度キレイですもんね、空」 パン屋のお兄さんの空気感もとても心地よく感じられた。特別に何がという訳でもない。 ただそこに佇んでいるだけなのに、つい自分の心を開きたくなるような。そんな温かい人のように思えてくるのが、不思議と言えば不思議なのだけれど。 いつもならば、そんな風に自分の心の中で思ったことを相手に一々伝えたりはしない。 それなのに、私はレジ横にパンを幾つかのせたおぼんを置きつつ。 「今日初めてここに来たんですけど、なんか良い感じですね。お兄さんも感じ良いし、場所も素敵だし。普段は初めて入る店って、私どんな種類の店でも緊張するんです。だから本当に不思議で、この感覚。初めてなのに、なんかこうホッとするっていうか自然体でいられるっていうか……」 ごく自然に、自分の考えたことをパン屋のお兄さんに伝えていた。 すると、パン屋のお兄さんは私からお金を受け取りながら答えてくれた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加