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「それはそれは……嬉しいですね。ありがとうございます。僕も、ここにパンを買いに来てくれる人には、ゆったりとした気持ちでいてもらいたいと思ってますから。どうぞごゆっくりお寛ぎ下さい」
どこまでも自然で、笑みを絶やさずに。特に繕うこともせず飾らない言葉で。
でも、心に響く。
言葉や物腰がいつも丁寧な人は、その生き方も美しく見えると、あの人が言っていたのを思い出した。
パン屋のお兄さんは、この美しい景色に似合う、美しい人だ。
店の一角に置かれてあった珈琲マシンの前に立つと、パン屋のお兄さんは、普段はセルフらしいけれど、自ら無料の珈琲を私の為に入れてくれた。
「普通はこんなことしちゃいけないんだけどな。でも……まぁいっか。僕も飲もうっと」
「仕事中なのに、飲んじゃうんだ」
「良いの。今日は特別」
いつの間にか、十年来の友達と話すような、くだけた雰囲気にいる自分達に気がついて私が笑うと、パン屋のお兄さんも可笑しそうに肩を揺らした。
その経過も、ただもう本当に自然発生的で。こんな風に、今日初めて出会った人と笑い合える自分が、どこかおとぎ話の住人みたいで。
緩やかな曲が流れる中で、珈琲の芳ばしい香りが、店内に立ちこめる。
「今日の夕焼け空がいつもと違ってキレイなのは、中の窓から見ていても分かるから。最初は君の珈琲を運ぶついでに、僕も今のうちに眺めておきたいなって思っただけなんだからね?だってほら、この夕焼け空のキレイな時間って、あっという間に終わるし」
そう言って、パン屋のお兄さんが私の珈琲と自分の珈琲を持って、私の方を向き直る。
「茜色の時間……ってやつですかね。それにね、キレイだと思える景色は写真とかじゃなくて、実際に誰かと共有した方が良いと思うんですよ、僕は」
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