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「もしかして……そのバナナのカステラパンも、お父さんに関係してたりなんか、する?」
パン屋のお兄さんの斜め上な推理力に、私は目頭を中指で軽く押さえながら笑った。
「何で分かったんですか?そうです、このバナナのカステラパン、父が好きでよくスーパーとかコンビニで買ってきては食べてたんです。癌になってからも、これは食べやすいからって。だから、ここでこのパンを見つけた時は……これはもう、なんていうか奇跡だなって。だって、あんまりパン屋さんでこのパンを目にしたことがなかったし」
すると、パン屋のお兄さんは屈託なく笑いながら同意した。
「あぁ、確かにね。パン屋にはあまり置かないタイプのパンだよね。そもそも和菓子寄りだし。たださ、おじいちゃんとかおばあちゃん世代は、懐かしいし食べたいかなと思って。だから、季節ごとに置いたり置かなかったり。この季節は置くようにしてるんだけどね」
河の色も、堤防も、工場も人も全て、優しい色に染まる。
優しい色の中にいるから、こんなにも穏やかで温かくて、優しい気持ちになれるのだろうか。
1年前の今頃は、ただもう、父を失ってしまうことへの心の痛みを抱えながら、この景色を見つめていた。
「失ったものが姿形を変えて、新しい何かに繋げて変えてくれるってこと、あるのかな……」
パン屋のお兄さんに特に答えてもらいたくて言った訳ではない、その主語がはっきりしない一人言を、茜色の空を見つめながら小さく呟く。
あの日感じた寂しさや虚しさが、優しい茜色の夕焼け空の中に、じんわりと消えていく気がする。
それはきっと今日、同じ空に出会えて、この空をこんな風に穏やかに、誰かと見ていられるからだ。
「そう考えることが出来るのって、素敵だね」
パン屋のお兄さんが、私を見て微笑む。
私もパン屋のお兄さんに笑いかけて、目の前に広がる、晴れたこの季節のこの時間限定の景色を見つめた。
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