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数ヶ月前に、メールでの文通にはまった。本名も、顔も、何も知らない相手との文通に。
毎日1通か2通ずつくらいのやりとりを続けた。やりとりの相手は優さんという名前だった。もちろん、偽名であるとは思う。
人によっては可笑しな話だと思うかもしれない。しかし、私は優さんに恋をしていた。毎日、優さんからのメールだけを楽しみに生きていた。特技や趣味などがない私にとっては、優さんとのやりとりが癒しだったのだ。私と優さんとの約束は2つ。相手の素性を探らないこと。1週間返事がなかったらお別れをするということ。
楽しい日々はあっという間で、悲しい日々は長く感じるものだ。ついに、この日が来てしまった。
重い体がベッドに深く沈む。もう二度と浮き上がれないのではないだろうか。薄々と、こうなると気付いていたけれど。私たちの関係なんて、希薄なものだったのだ。そして今日、さよならを告げようと思う。約束の1週間が経っても返事がなかったから。さよならを告げなければ、きっとずっとこのままだから。私は自宅のベッドに寝転んで、携帯電話を見つめていた。この瞬間にも、彼から返信がないか、希望を捨てきれずにいた。
もう気づいていたのに。彼からは1週間以上返信が来ていないことに。それでも祈らずにはいられなかった。
私の部屋に差し込んでいた西日がすうっと消えて、かわりに夜が差し込んできた。風にたなびくカーテンも、沈みつつある夕日も、全てが憎らしかった。
「苦しい。」そう小さく呟いた。携帯電話を胸に抱きながら。そうすれば、この言葉が彼に届くことを信じながら。苦しい。苦しくて、辛い。
私の?をつたって一粒の雫が枕に落ちたとき、覚悟を決めた。携帯電話を手にとって、文字を打ち込んでいく。画面がぼやけて見えにくい。それでも、やめるわけにはいかない。ここでやめたら、きっともう二度とさよならが言えなくなる。溢れ出す涙が邪魔だった。予測変換ででてくる、君の名前も、邪魔だった。苦しい。助けて。誰かが訴えかけている。それを無視して、お別れの言葉を打ち込んでいく。
「さようなら、優さん。」と私は呟く。溢れ続ける涙が冷たい。息が苦しい。胸が痛い。しかし、グダグダと悩んでいた頃に比べて体が軽い気がする。今なら、何処へでも浮かんで行けると勘違いしそうなほどに。
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