8人が本棚に入れています
本棚に追加
榎本は諦めて車へと戻る。
ステレオでジョン・デンバーの”カントリー・ロード”を聴いた。
小学生の頃を思い出したせいか、何だかセンチメンタルな気分に浸っている。
ウエスト・バージニアの風景なんて少しも頭に浮かんでは来ないのに、このあまりよく知られたカントリー・ミュージックは、聴く者にそれぞれの故郷を思い起こさせる。榎本にとってそれは、等間隔に立つ電信柱であり、マルタ橋の下の狭い用水路に咲く菜の花の風景だった。
私は進んではならない道を進んでいるのではないか?明日の私はいつも私でなくてはならないのだ。
※ ※ ※
「今日、昔の通学路を車で走ったよ。丸太橋、憶えてる?」
スパゲッティをよそう妻に榎本は聞いた。たっぷりのミートソースが絡まった塊の麺を、妻は器用に解いて皿に盛り付けてくれる。
「通学路に橋なんかあった?」
妻はあまり興味なさそうに答える。遠い昔の古い橋のことよりも、彼女の集中力は目の前のスパゲッティに注がれている。妻はあまり過去のことを気にする方ではないみいだった。常に今と、そして未来のことを考えているリアリスト。彼女の目には、だらだらと思い出に浸る榎本は些かセンチメンタルに映るかも知れない。
「あったさ。それに、マイが橋の名前を教えてくれたんだ。」
榎本は台所から2人分のスプーンとフォークを運びながら言う。妻は忘れてしまったのだろうか?榎本は妻の動きを目で追う。
最初のコメントを投稿しよう!