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カーテン越しに太陽の光を感じる。
目を覚ますと私はスプリングの効いたダブルベッドで横になっていた。
隣には女が寝ている。
私の肩にその細い顎を乗せた彼女の寝息が私の頬をくすぐる。
彼女はきっと私の妻なのだろう。私は直感的にそう思った。何故だか彼女の横顔は私を安堵させる。
「もう、起きるの?」
彼女は目を瞑ったまま、小さな鼻を天井に突き上げるようにして鳴らした。首がスッと伸びて美しい曲線を描く。白く透き通った肌の内側に血が流れ落ちる。多分、私はこの美しい首を四六時中眺めていたいが為に、彼女と結婚したに違いない。
「うん。何だか目が覚めちゃったみたいだ。」
まるで喉の奥に引っかかっていた使い古しの言葉をなぞるかのように、私はゆっくりと答えた。
目が覚めると、そこには自宅があって、妻がいた。
よくよく考えれば、それは当たり前のことだった。去年にこの家をローンを組んで買った覚えがあるし、その数年前には彼女と結婚した記憶だってちゃんとある。
どうやら私は記憶喪失になった訳ではないようだ。記憶は確かにあって、自分が何者であるかということを良く理解してはいるのだけれど、何故かそこに微かな違和感がある。身体の細胞が一夜にして全て入れ替わってしまったような、私が私でなくなってしまったような気がする。
私は妻を起こしてしまわないように、そっとベッドを抜け出した。時計はA.M.6:00を示している。確かに少し早すぎたかも知れない。
私は霞がかかったままの頭で洗面台に向かう。
勝手知った自宅だ。
違和感の正体を突き止めようと、鏡に映る自分の顔を点検するが、そこにあるのは馴染みのある私の顔だけだった。むしろ毒虫にでも変身していた方が、この時ばかりはしっくり来る気がした。私は何処かに不条理の気配を感じながら、その影に怯えているのだ。私は鏡の前で歯を磨く。私の手は私の意図した通りに動き、鏡像は私が歯を磨く動作を映す。
それは間違いなく私であるようだった。
私は自分が自分であることを認める。きっとこれは何でもないことで、偏頭痛とか、二日酔いとか、とにかくそういった一過性のものに違いない。
私はパジャマを脱いで、シャワーを浴びた。お湯が身体の線をなぞると、私は自分の体型が歳の割には引き締まったものであることに気づいた。まるで水の流れによって、身体の輪郭が描かれたかのように、私の体は薄い透明な膜で覆われる。
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