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丸太橋は榎本の通った小学校の近くにある橋だった。その橋は通学路にもなっていたから、榎本は殆ど毎日この橋を渡って登校した。
特徴のない、何処にでもある生活の為の橋だ。それが橋だと言われなければ、下に水が流れていることすら気づかないような場所だった。
その場所を犯人は指定してきたということは、榎本についてかなりの情報を掴んでいるということになる。少なくとも今の榎本自身よりも、榎本和宏という人間を良く知っていると言える。
何を企んでいるのか。脅迫内容は的外れであるにしても、警戒すべき相手には違いない。
榎本の運転するプジョーは住宅街を走る抜けた。
恐らくこのまま行けば間に合うが、全く先の見えないこの状況を考えれば早く行くに越したことはないだろう。
その道は私にとって随分懐かしい道のようだった。
榎本はその風景の隅々まで良く知っている。電信柱の番号や、赤い屋根の家に棲みつく野良猫のことまで。
それはきっと榎本が幾度となく通った道なのだ。
榎本は車窓から見る景色と、頭の中に残る情景とをトレーシングペーパーのように重ねて書き写していった。
榎本は丸太橋の手前でプジョーを止める。
時刻は電波時計で16:50。
ぴったり10分前だ。
時間と帳簿の金額の正確さだけは自らに確信を持てる。
車を降りて、橋の中央まで歩く。
指定は橋の上だったから、恐らくこの場所で間違いないだろう。
「おじさん、誰?」
ふいに足下から子供の声がした。
視線を降ろすと本当に子供が居る。
小学校2年生か3年生くらいだろうか。
通学路なのだから、小学生がいても不思議ではないが、何故自分に話しかけてくるのだろうかと榎本は訝しむ。知らない人には話しかけるなと、学校で習わなかったのだろうか。
「僕はカズヒロ。エノモトカズヒロです。」
子供は言った。
同性同名とは。偶然もあったものだ。
しかも、何処と無く小さい頃の榎本に似ているような気がする。
「おじさんは?」
カズヒロは無邪気に名前を聞く。
「偶然だね。私も榎本和宏と言う名前なんだ。」
「そうなんだ。」
カズヒロはそれほど驚いた様子もなく、言った。
きっとそういうこともあるのだろうと、彼はそれを自然と受け入れているように見える。
「ここに誰か来なかった?」
榎本は聞いた。もし自分が犯人だったら、指定した時刻よりも早めに行って、周囲の状況を視察しておくだろうと思ったのだ。
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