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「からあげだ」
彼女はウマウマと舌鼓を打ちながら、唐揚げをあっという間にたいらげると、鼻先についたマヨネーズを舌で器用に嘗めて拭き取った。
「お前はいいよな、何にもしなくて良いんだから......」
ぼくには、仕事で悩みがあった。
ご利用者の前でする行事で、女装して歌ったり踊ったりすることだ。仕事で色々な陰口を言われる身のぼくなんかがしても、ブーイングが酷くなるんじゃないだろうか、そう思っていた。
「ぼくみたいな下手くそがしても、誰も喜んではくれないしどうすりゃいいんだ」
「那智くんは、介護士さん。だよね?」
溜め息を吐くぼくに、彼女はそう言う。
「そうだよ」
「プロの歌手でもなんでもないのに、無理して上手になる必要ってあるのかしら? まだご飯ある?」
「どういう意味だ? ぼくはすごい音痴なんだけど」
「いいじゃない。オンチならオンチで、そっちのが面白いかもよ。あ、コロッケ発見。いただき!」
「おいおい、他人事みたいに言ってくれるな」
音痴なら音痴で構わない、か。
職場の人たちが、彼女みたいに受け入れてくれれば問題はないけど、今の現状から考えると、そうなるとは思えない。
「でも、誰もぼくなんかには期待はしてないだろうな」
「期待されてないなら、好きなように歌えばいいじゃない。ひとの期待通りにしても窮屈なだけよ。このコロッケうまっ!」
「好きなように歌う?」
彼女は実直に感じたことを言っただけなのかも知れないが、何故か胸に引っ掛かった。それともぼくのことを真摯に考えてくれたのか。弁当箱に頭ごと突っ込んでコロッケを食べている彼女からはそんな風には感じなかったが。
「何時の間にコロッケを......」
「ごちそうさまっ!」
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