第1章

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 目が覚めると、そこには見渡す限りの荒野が広がっていた。  手を見つめ、指を確かめ、擦りきれた傷から滲む血と、殴打した時の打撲痛と、汚れ具合や痛み確認する。どうやら、昨夜の狂気の余興は総て現実だったことを思い知るに至る。  体に力を漲らせて起き上がろうとすると、左側の肋骨から脇腹に激痛を覚え、眉をひそめた。喉の奥で声を止めて、一気に身を起こす。首だけを動かして周囲を見渡すと、男が傍らでうつ伏せになり、寝ていた。息を止めてじっとりと観察するが、呼吸する肺の僅かな上下運動さえも見て取れず、私を不安にさせた。  チカッと、ほんの一瞬だけ映像が脳裏に過る。  見ず知らずの私達がしでかした得体の知れない儀式を思い出すだけで、ぶるぶるっと震えが駆け上っていく。だが、どうしても男の顔を思い出せない。顔を確かめようにも、長く伸びた乱れ髪が覆い隠している。そのせいで、目を開けているのか閉じているのかもわからない。草むらを分け入るようにして、生い茂る前髪を指で(ほど)くと、出てきた顔は血の気のない赤褐色の肌に青みがさしたような、やつれた中年男の髭面だった。眉間に深い皺を寄せて、窪んだ両目の周りには夥しい小じわがある。苦悶を浮かべた男の乾いた唇の真ん中に、針で刺せそうなほどの小さな空気穴が開いて、徐々に亀裂が伸びていくようにして口を開けた。その時、微かに呻き声に似た吐息が耳に届いた。大丈夫、生きている。良かった、と一気に緊張が緩んで、溶けた。  なぜ今、ここにこうして生かされているのか不思議だった。再び仰向けに寝転がり、まだ夜明けには遠い白んだ空にうかぶ雲を見つめる。群青色を水で薄めた光を境界線に、夜と朝が陣取り合戦を繰り広げている。それが希望と絶望のせめぎ合いのようで、涙が溢れた。
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