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その日、もうすぐ付き合って1年になる彼女から別れを切り出された日だった。
理由はあまりにありきたりで、『伸弥はわたしのことをわかってない』という決まり文句みたいな言葉が彼女から向けられた最後の言葉だった。振り返りもせず、予報外れの雨にも立ち止まることなく、彼女は俺を呼び出した喫茶店から出て行った。自分のことじゃなければ、まるでドラマのワンシーンみたいだと滑稽がっただろう。
だけど、それが自分のこととなるとそうもいかなかった。
彼女がいなくなった喫茶店にそれ以上いる意味を見出せなくて、まだ明るい――曖昧な暖色の空が地上をそのままの色に染めている街に向かって歩き出した。
もちろん、彼女の姿なんて見えそうになくて。
……気付いていたつもりではいた。
彼女には、最近他に想っている相手がいたことに。
いつ別れを切り出されてもいいな――俺が吸っているのとは違う煙草の匂いが絡まった髪を撫でるたびに、そう心の準備をしていたはずなのに。
『ごめん、でもたぶんこれが1番お互いの為になるから』
そんなの、誰が決めた?
お互いの為っていうなら、どういうところが俺の為になる?
雨に打たれながら、うじうじと考え続けていた。彼女の揃えて買ったリングを通したネックレスが、プラプラと揺れて胸に引っかかる。痛みに耐え切れなくなって、いっそこのまま痛みに溺れてしまえばいいんじゃないか――そんな思いに駆られてめちゃくちゃに走り回って。
足下に置かれたものに蹴躓いて倒れた、打ち捨てられたような裏路地。
どうにかして起き上がって歩き始めたはいいが、惨めだった。ただ声を殺しながら、少しだけ痛む足を動かしていたときに、気付いた。
路地の片隅に体育座りの姿勢で座ったまま、じっと俺を見上げているひとりの少年に。
どういう経緯でそこに辿り着いたのか、その少年の真っ黒な瞳にはとても寂しげな光が瞬いていて、思った。あぁ、この子と俺は、いま同じなんだって。
俺が近付いたのに気付いてハッと瞳を揺らしたその少年が、漣だった。
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