思い出すのは

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 今にして思えば、たぶん寂しかったんだと思う。誰よりも大切だと言い切れるような存在だった彼女から別れを告げられたばかりで、どうしようもない喪失感に襲われていた。  ただそのときは雨に降られていたその少年を見て、『この子には誰かがついていないとダメだ』と思った。  俺なんかがその役目を負えるなんて、信じていなかったはずなのに。 『大丈夫か……?』  ただの衝動だった。  単なる衝動に駆られるように、俺はずぶ濡れの少年――(れん)に声をかけていた。彼は俺のことをじっと、色のない表情で見上げたままで(うなず)いていた。  けれど、どうしてだろう。  たぶん大丈夫(・・・)なはずがないということはわかった。たぶん、俺も彼と同じような気持ちだったからだろう。途方に暮れている頭を冷ますには、冷たい雨粒が1番だ。 『俺のとこに来る?』 『……ぇ、』 『行くとこないんじゃないの? だったら、』 『父さんの、知り合い……?』 『は?』 『――――っ!!!』  いきなり出てきた「父さんの知り合い」という単語の意味がわからなくて訊き返した声にすら、怯えたように身をすくませるその少年の姿に、何か表面から見えないものを感じて。 『気にしないでいいよ、俺は君のお父さんのこととか知らないからさ』 『え、じゃあなんで、え、えっ、』  心底混乱しきった声。  その声に、どうしてか庇護欲を駆り立てられた。たぶんこの少年は、見返りのある愛(・・・・・・・)にしか縁がなかったのだろう。それがどんな見返りであるかなんて、想像もしたくないけれど。  だから、俺はせめて。  俺はせめて、この子に対して見返りのない善意を注ぎたい――そう思った。  だから、半ば強引にその少年を連れて帰った。  ずぶ濡れだった髪にタオルを乗せて、湯船に少し熱めの湯を入れる。バスタブにある程度の量が溜まるまで、俺はその少年をソファに座らせておくことにした。  大きなバスタオルにくるまりながら、相も変わらず無表情に俺を見上げるその姿に、俺は見返り(・・・)を求める連中の気持ちがわかったような気がした。
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