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 午後四時五十分。車一台がやっと通れる田舎の細道を、細心の注意を払いながらくねくねと進み、ようやく目的地に到着した。 「藤田さん、着きましたよ」と声を掛けると、半ば眠りに落ちていた瞼がゆっくりと開く。青みがかった瞳が僕をぼんやりと見つめた後、ふっと微笑んだ。若い頃はさぞ男前だったのだろう。日本人離れした高い鼻筋を羨ましく思いながら、僕は運転席のドアを開けた。    大学を卒業して就職した会社を、わずか半年たらずで退職した。新卒の新入社員に、当たり前のように割り当てられた大量の業務をこなすことも、毎晩日付が変わるまで残業することも、上司からの度重なる説教にも、日々耐え抜けるほどの図太い精神は持ち合わせていなかったし、心身を壊して次々と休職していく他の社員の姿を目の当たりにして、自分もいずれはそうなるのかと思った瞬間、とてつもない絶望に襲われた。翌日仕事を休み、その翌日には退職願を提出した。  辞めてはみたものの、すぐにも家賃と生活費を稼がねばならない。就職してようやく手に入れた自由気ままなひとり生活だ。車で四十分ほどの距離に住む過干渉な両親に話せば「アパートを引き払ってすぐに帰って来い」と言われるのは分かりきったことなので、仕事を辞めたことは秘密にしておいた。  アパートの大家さんにそれとなく相談を持ちかけたところ、「うちのかみさんが働いているデイサービスで人手が足りなくて困ってるそうだけど、訊いてみようか?」と言われ、僕は「お願いします!」と即答した。そしてデイサービスが何なのかもまったく分からないまま面接を受け、翌週から働くことになったのだった。
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