12.見えない心

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「こちら、貿易商をされている、八神志恩様と、日本の古くからの公家、近衛家の娘様でいらっしゃる、華様です。」 千歳は凍りそうな空気の中、夫婦に笑顔を見せていた。 夫婦はほ、と安心した表情をし、会話は和やかに進む。 志恩の隣には、追いついてきた華が、ぎゅぅ、としがみつき、 千歳に鋭い視線を投げている。 八神さんと千歳さんはお知り合いなんです、と、麗斗はにこやかに夫婦に伝えた。 「まさか。千歳さんがここにいらっしゃるとは。」 商売相手に挨拶をした後、志恩はにっこりと笑って言った。 千歳を放り出したのは、誰でもない、自分だ。 麗斗を頼るのも、当然のこと。 怒る権利は無い。 そうは思うが、麗斗が千歳のフォローをする度に、嫉妬で身を焼かれそうな自分を抑えていた。 千歳も、混乱する自分の気持ちを制御出来ないでいた。 その子はだれ、志恩。 どうしてそんなに、当然のように、あなたの隣にいるの。 「通訳は参加者名簿には載りませんので・・・」 千歳の答えに、そうですか、と感情の読めない笑顔で志恩が言う。 表面的には、問題なく会話が進んだが、 名刺も交換し合い、それも終盤に差し掛かったとき、 最中も千歳を睨みつけていた華が、突然口を開いた。 「志恩、この方とはもう、お話になりませんよね。」 通訳も出来ず、カチン、と千歳は固まる。 「志恩、あなたから何か、言って差し上げて。」 華を鋭い目で見る志恩をにこりと見返し、 彼女は、口に手をあて、こそ、と囁いた。 お父様に、言われたくなければ。 志恩の顔が一瞬歪む。 そして、千歳の目を真っ直ぐに見て言った。 「あぁ・・・そうですね。」 「この方がいらっしゃると知っていれば、  私は、ここには来なかったでしょうね。」
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