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 和恵は、炎に包まれようとしている板倉屋を、無感動に眺めていた。  良き妻を演じ続けては来たが、この家には別に何の思い入れも無い。いや、むしろ自分を幽閉する檻でしか無かった。  しかし――  次の瞬間、和恵は、あることを思い出して悲鳴を上げた。  日頃、武家育ちらしく凜として、物驚きなどすることのない和恵の絶叫に、誰もが驚いた。 「お内儀(かみ)さん、いけねえっ!」  何をとち狂ったかと、慌てて後ろから羽交い締めにして止めようとした鳶の者が、腕を取られて見事にくるりと半回転した。  そしてそのまま、あっと言う間もなく和恵は、艶やかな着物を翻し、渦巻く猛火の中へと飛び込んで行った。 「なっ! 和恵っ?! おいっ、誰か、早く和恵を……!!」  しかし、火勢は強く、既に命知らずの鳶達さえも近付くことをためらう程の状態になっていた。  その時――  よろめくようにやって来た女中が、泣き顔で言った。 「坊ちゃんが……どこにもおいでんなりません」 「何だって?!」 「離れでお乳母(んば)さんと遊んでおいでなさるとばかり思っていたんですけれども……」  ええっと皆が息を飲んだ時、板倉屋は二階からがらがらと音を立てて崩れ落ちた。
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