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さすがにその時には、とても胸をときめかす余裕など無かったが、母のいない生活にも慣れて暮らしが落ち着きを取り戻してゆくにつれ、想いは募った。
しかし、恋の炎を燃やすには和恵は奥手に過ぎ、そして何より相手が悪かった。
程なくして修二郎は、どこかの藩の下士の家に目出度く養子縁組が決まったということで八木の家を出て、江戸から去った。お家は遠い西国で、国元には許嫁となる娘がいると言うことだった。婿養子である。
はじめから分かっていた。
修二郎は次男であり、部屋住みの身で妻を迎えることなど出来ようはずがないのだ。
家を継げるのは、嫡子たる長男のみ。次男以下は、厄介者の部屋住みとして一生を終えるか、さもなければ他家へ養子に行くしか無い。
元から縁など無かったのだ。
だから――
嫁き遅れと言われる年齢まで和恵が実家を離れなかったのは、暮らし向きや父の看病のためばかりではなかった。
そして、修二郎様と添えぬのならば誰に嫁ぐのも同じ……という、諦観めいた気持ちも確かにあった。
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