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三
とまれ、そんな前後の事情はさておいても、妻たるものは万事夫に従い、夫の意に沿うよう努めるのが女の道だ。
軽輩とは言え武家に生まれ育った和恵は、一途にそう思い定めて金兵衛によく仕え、生さぬ仲の三人の子達を慈しみ、武家の女は権高だなどと言われぬよう腰は低く、さりとてきりりとした立居振る舞いは崩すこと無く。誰にも分け隔て無く、柔和な笑みを向けた。
その甲斐あってか、先妻が遺した十四と十二という難しい年頃のおいち、おちよの姉妹、そして、また別の妾に産ませたというやっと三つになったばかりの総領息子、初太郎との関係もそれなりには良好であったし、奉公人達から変に疎まれたり軽んぜられたりすることもなく、近所の者達もまた、
「板倉屋さんの嫁自慢はいい加減どうにかならんもんかね」
などと揶揄する者はあっても、和恵自身のことをかれこれ言う者はいなかった。
もし、和恵のことを悪く思っている者があるとすれば、総領を産み、先妻亡き後には我こそが後妻の座に納まらんと思っていたところが鳶に油揚げをさらわれ、我が子まで取り上げられる形となった、妾のおれん一人だっただろう。
もっとも、矢場女上がりのおれんは、女としての魅力は十分に備えていたが、柄は良くなく、大店の内儀に相応しい女では無いと、はじめから金兵衛は、おれんを後添えに迎えるつもりは無かったようだ。
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