karte1. 塔山一樹の懊悩

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「不躾なことをお聞きしますが、プライベートのほうは最近どうですか」  榊は圧力を少し落として、擦るように首筋を揉んでいる。 「プライベート、ですか」 「具体的に言うと、現在、お付き合いしている方はいらっしゃいますか」 「いえ、今は忙しくて、なかなか」  目の前の仕事を片づけるのに必死だった。仕事柄、美男美女は見慣れているが、プライベートで連絡先を交換するような相手はない。最後に別れたのはもう三年近く前になる。 「では、以前はいらっしゃったということですか。言いにくいことでしたら、お答えにならなくても結構ですが」  話をしながらも、榊の手は止まらない。深く浅く、強く弱く、肩まわりを揉み続けている。背中を預けている相手にまったくの嘘をでっちあげるのは難しい。 「その、ちょっと前ですが、気になる人はいたんですけど、交際に発展することはなかったですね」 「お仕事を通じて知り合った方ですか」 「そうです。でも、もう半年も前になりますが」 「半年前とはいえ、とても印象に残っているということですか。頭痛がひどくなってきたのは半年前でしたね」 「それは、そうですけど」  正確に言うと、一度も交際に発展しなかったわけではない。一夜しか交際がなかった。塔山も相手も納得したうえでの付き合いで、ことが終わればその場で笑って別れた。それだけのことなのに、なんでいまさら思い出すのだろう。 「普段は顔を合わせることがない方なのでしょう。遠方にお住まいですか」 「遠方というか、アメリカです。ニューヨーク勤務なので」 「日本に戻ってくる予定はないのですか」 「どうかなあ。向こうの水が合っているって言ってましたから」  堅苦しいことも型にはまったことも大嫌い。空気を読むなんてまっぴら。笑ってうそぶいていた。人目が気になって、人からの評価が気になって仕方がない自分とは対照的な性格に惹かれた。  いまごろ、どこでどうしているだろう。半年という時間は短くて長い。
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