1358人が本棚に入れています
本棚に追加
/481ページ
「急患、ですか」
スリッパを取り出して並べ、診療室のドアを開けたが、男は大きく首を横に振った。
「いや。おまえに話がある」
「でしたら、上へどうぞ」
二階の応接室へ通すと、男はソファに深く腰を下ろして煙草を取り出した。榊は灰皿を差し出すが、男は口に銜えたままで待っている。小さくため息をつくと、ライターで火をつけてやった。男は煙草を指に挟むと、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
「親父が死んだ。昨日の晩だ」
榊は目を大きく見開いて息を飲んだ。すぐに顔を伏せて決まり文句を告げた。
「それは、お悔やみ申し上げます」
「通夜は明後日、葬式は明々後日だ。長患いだったから覚悟はしてたがな。組のメンツにかけても盛大に送り出してやらなきゃならんし、準備がいろいろと大変だ」
「お忙しいところ、わざわざなんの御用でしょうか。ああ、私は式には参列しませんよ、兄さん」
「そうか」
男――神山大悟は、細く煙を吐き出した。
榊は眼鏡の蔓を押し上げた。
最初のコメントを投稿しよう!