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志歩の肉体は何か硬い膜で覆われており、その膜を1枚1枚剥いでいくと、ようやく柔らかな核が現れる。柔らかな核の中に、誰も触れないような場所に、何かが触れるのを感じた。すると、身体の中がじんわりと、みるみる温かくなり、体温が物凄いスピードで上昇した。
志歩の目から涙が溢れた。
ストッパーが完全に外れ、堰を切り、止め処なく涙が溢れた。
それから何時間も、嗚咽しながら泣き続けた。嬉しいのか悲しいのか悔しいのか不安なのか安心しているのか、分からなかった。
川本が志歩の背中に手を当ててくれており、志歩はその温かい手の温度を感じた。それが志歩を子供の頃のような気持ちにさせた。誰かに守られているという安心。
私はこの男に甘えたい、そう思った。
志歩がようやく泣き止んだ頃、川本は卵かけご飯と葱と豆腐の味噌汁を作って運んできた。
志歩はもうずっとまともな食事をしてこなかったので、吐いてしまうんじゃないかと思った。
しかし、食べ始めてみると、止まらなかった。
志歩は勢いよく箸で食べ物を掴み、バクバクと口の中に放り込んだ。
まるで腹を空かせた獣のように。
意志より先に身体が動いた。
志歩の肉体が、生きたいと叫んでいるようだった。
川本は、志歩を珍しい動物を見るかのような目で観察し、安心したように笑った。
そのうち疲れたようで、「今日は泊まっていく。」と言い、志歩の隣で眠ってしまった。
あの夢を見なくなった事について、川本はもう見る必要がなくなったからだと言った。
私はこの男に恋をしたのか?この男に助けを求めたのか?過去の自分を知る男だからか?自分に聞いてみても今ひとつ分からない。
ただ、もう終わらせたかったのかもしれない。妄想する事をやめたかった。誰かに気付いてもらいたかった。鍵をかけた箱を開けて欲しかった。
愛に枯渇した魂を持て余す生活を、終わらせたかった。
明日、起きたら明日香に電話を掛けよう。職場にも電話して、休んでた事を謝罪して辞める事を伝えよう。志歩は自分が何をすべきか、明確に理解できた。
頭の中が整理されていた。
清々しい気持ちになってベランダへ出た。
三日月が見えた。
秋の夜風は冷たく、火照った志歩の身体にはちょうど良い。
その時、ふと、志歩はある事に気付いた。
自分の右頭上にいつもいた、魂がいなくなっていたのだ。
「おかえり。」
志歩は言って、部屋の中に戻ると、川本の横で一緒に眠った。
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