Sleep

13/14
前へ
/14ページ
次へ
「だから店でお前を見た時、すぐに分かった。お前のその色のないビー玉みたいな目が、ずっと忘れられなくて、20年ぶりに再開した時も、その目は変わってなかった。 再開してから、俺は色々考えた。興味があるのは確かだし、忘れられなかったのも確かだけど、この感情は何なのかなって。救ってあげたいとかどうこうって事じゃない。その目にまた色が戻るのが見たいのかもなって。 昔の佐々木の事を思い出したり、今の佐々木の事を考える時間がすごく多くて、とにかく、もっと一緒にいたいと思うんだ。」 志歩は、葬儀の時の事を思い出していた。あの時、沢山の同級生やその親達が葬儀に参列しに来た。一人ひとりの顔をいちいち憶えている訳もなく、何も把握はしていなかったのだが、その中に川本がいたのだ。 明るくて友達が多くて、猿みたいな顔をした幼い頃の川本を思い浮かべた。 川本だけが、志歩の目に気付いていたのだ。川本だけが、志歩の事をちゃんと見ていた。ずっと、志歩の事を想っていた。 「川本はちゃんとした、健康な人と、ちゃんとした恋愛をした方が良い。私は、もう半分人間じゃないようなもんなの。夢に侵されてる。多分、もうずっと前から病気なんだと思う。こういう病気があるのか分かんないけど、少なくともまともじゃない。健康だった頃の自分を思い出すのが、辛いの。絶対に戻らないって分かってるから辛いの。こうやって哀れで不憫で不幸な女として生きていく方がずっと楽なの。夢の中に逃げる事が、唯一のね、精神の安定なの。」 志歩を一番困惑させた事。それは志歩がいつも見ていたあの夢の中の両親は、写真の中の彼らとは全然違うという事だった。 いつも見ていたあの夢に存在していた両親の顔は、もうずっと前からのっぺらぼうになっていた。幼き志歩は、両親の形をしたのっぺらぼうと一緒に歩いていた。 現実よりも夢の中の方がよっぽどクリアで現実的だ、と思っていた。 でも違った。川本が持ってきた写真に写る両親は、志歩が一緒に暮らした、志歩の愛した両親そのものであり、現実だった。 夢じゃない。あれは志歩自身がただ作りあげていたものだ。記憶じゃない。 事実じゃない。現実じゃない。 私がすがっていたものは? 私の生きる理由、神様からのギフト。 それらは全部嘘だ。虚構だ。私自身が創りあげたものだ。 私は夢を見るために生きてきたんじゃない。 現実を生きる為に、嘘の夢を、もう一つの世界を創りあげてしまった。 全部自分の妄想だった。 本当の現実が、志歩に上にのしかかった。頭をピストルで撃たれたような、心臓に鋭い矢が刺さったような、大きな衝撃だった。 川本は喋った。 「腹が減ったら飯食べて、さっぱりしたかったら熱いシャワー浴びて、眠くなったら寝て、一人でいたいなら一人でいて、そのうち誰かに会いたくなったら外に出て歩く、誰かと会う、辛い事があったら泣く、疲れたら休む。それだけでいいのにね。こんな簡単なのにそれが出来ない人間がいる。そういう奴は自分の心を無視してやりたくない事やって、どんどん自分の心を追い込んで苦しめる。 お前は確かに病気かもしれない。精神科に行ったら何かしらの診断は受けると思う。でも、それより大事なのはお前が傷付いたっていう事だよ。なりたくてなった訳じゃない。ちゃんと傷付いてちゃんと苦しんだ。でもそれでも生きようとして、だから妄想の世界を創ったって事だよね。俺思うんだけど。死にたい死にたいって言う精神病の奴らって、本当は一番生きたがってる奴らなんだって思うんだよ。」
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加