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大丈夫だから眠っていろとでも声を掛けてやればいいのだろうか。
いつも殆ど患者は大人で、小児は診察することはないし
小児を診るときは大抵大人が付いている。
こうやって子供と二人きりになることなど、これまで経験が殆どなく
必死に私の姿を潤んだ目で捉え、懇願してくる少年に
なんと声を掛けたらいいのか、咄嗟に言葉が浮かばない。
苦しげな息の下、それでも私を真っ直ぐに見てくる少年に
「すぐに楽にしてやる。大人しく眠っていなさい」
とりあえずそれだけ告げて、私の白衣の裾をシッカリ握った少年の細く白い指に手を添え
離れさせると、胸まで被せてある掛け布団の中に入れてやった。
私の言うとおり大人しくベッドに横になった少年だったが、気付けばまた布団の中から伸ばした手で私の白衣の裾を掴む。
「離しなさい。処置できないだろう」
「まほ、つかい、……しょ、いて」
「何だ?」
「……ほ、つか……」
白衣の裾を弱々しくも引きながら何か必死に訴えようとしているのはわかるが、苦しげな呼吸の下、綴る言葉は上手く聞き取ることができない。
高熱で意識が朦朧として譫言を言っているのだろう。
そんな子供の様子にどう対処したらいいものか困惑しているうちに
戻って来た看護師から受け取った解熱剤を投与する。
「これで一旦熱は下がるだろうが、また上がってきたら座薬で対応してくれ。
座薬が効かないようなら何時でもいい、連絡してくれ」
暫くして再び眠りに落ちていった少年の状態を確認してから
病室で付き添っている看護師に指示を出し、ナースステーションに戻る。
ナースステーションの中に入り、指示と経過を打ち込むべくパソコンの前に座ろうとした瞬間、さっき少年が言っていた言葉の中に何度か「魔法使い」というワードがあった事に気付く。
私の顔を見るなり少年が口にしたその言葉を不可解に思い、カウンターに座ってPCに向かっている看護師に馬鹿馬鹿しいと思いながらも、少年が言う『魔法使い』に心当たりはないか尋ねてみた。
「魔法使いですか?……さあ、何のことですかね」
首を傾げる看護師の返事に、やはり熱に浮かされて魔法使いの夢でも見ているんだろうと
自分の中で結論付け、疼痛時と熱発時の処方を電子カルテに書き加えて再び自宅へと戻った。
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