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何をそんなに真剣に読んでいたのか、と本のタイトルに目をやって絶句。この男は彼が溜めた書類を私が頑張って整理しているときに「古代ローマ」という太字のタイトルの印刷された、ポンペイについて書かれた本を熱心に読んでいたのだ。
……それにしてもなぜポンペイ。そんなに暇なら手伝ってくれてもいいと思う。
彼、市川蒼汰は薬学部薬学科の准教授のはずだ。一見何事にも無気力に見られがちであり、実際にそうなのだが、四十に満たない若さでありながらも論文が評価され薬学博士課程単位を取得している極めて優れた人物だ。彼にそう言うと、「少しの好奇心と探究心を持ち、それに突き動かされて知識欲を満たすために行動した結果だ」と言い返してくる。しかし、それを努力と言わずに何と言えば良いのか。彼の今の地位は才能という言葉では片付けられない、紛れもない彼の努力によるものだ。つまり、努力を努力と思わずにやって来たことの結晶が彼自身なのだ。その意識を持てることを才能と呼ばないのなら、の話で。
「なにか、君は僕に喧嘩でも売ってるのか?」
「違いますよ。ただ本当に意外だっただけで。教授に手紙をよこして来るような友人がいたなんて」
「やっぱり喧嘩売ってるんだろ」
言いながらも気だるげに沙弥から手紙を受け取り、丁寧に糊付けされた封筒を綺麗に剥がしていたが、途中糊の強い部分で紙が敗れ、最後は諦めたのか豪快に破き捨てた。
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