懐旧と疑念の、青

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 『支配はいつ終わるのか』  そう冠した作文には多感期の少女らしい理屈のない正義感と、自身を対岸に置いた客観性で問題定義しながらも冷静な分析を示していた。中東の民主化運動から内戦へ、内戦から大義を振りかざして自国優位のために画策する国家の介入、一部の過激思想を持つ集団の台頭で泥沼化した国家のこれまでの経緯と実情を平易で解りやすい言葉に置き直しながら、その中で生きる一般人の現状について書かれている。そして、その作文に様々な見方と言葉を与えたのは、他でもない、晴人だった。  書いている間の彼女は、今の表情とは全く違っていた。  教室に差し込む斜陽に照らされながら、与えられる言葉の一つ一つに高揚した感情を隠しもせず、初めて聞く言葉があれば傍らの辞書で調べ、その意味に感嘆し、口中で繰り返しながら原稿用紙にしたためる。印刷されたインターネットからの情報を和訳して差し出した晴人に惜しげもない羨望を向け、読み入る。  それは全く、自分の下についていたときの一史を思起させた。しかし、一史と違ったのはやはり『子ども』だという点だったのだろうか。  鳴り止まない拍手を制するように司会の女性が一層盛大な拍手を要求する。要求して、その波が引くと共に、少女は晴人から視線を引き剥がし、逃げるように降壇した。それと同時に晴人は深く息を吐き出した。  「先生。」  閉式を告げるアナウンスのあと、傍らにいた女性が晴人に声をかける。  「今日は本当にありがとうございました」  少女に良く似た目元には年嵩らしい笑い皺が刻まれている。  「あの子、先生にご指導受けてから、一層書くことが楽しかったみたいで」  少女の母親はなんの屈託もない率直な誇らしさで顔を綻ばせている。その視線を受けながら、晴人はつまりそうに息ができなくなっていくのを感じていた。  いえ、と曖昧に答えた晴人の異変に気がつかないまま、母親は自分の娘にたいする謙遜を述べる。他愛ない話を聞き流しながら、晴人は自分がどんどん追い詰められているような心地になっていった。  「お母さん」  もう、解放して欲しいと思った頃合いに少女は(まろ)ぶように駆け出して母親の体に抱きついた。
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