懐旧と疑念の、青

5/11
769人が本棚に入れています
本棚に追加
/131ページ
 乾いた喉に声が張り付いた。瀬戸は晴人と変わらない目線を少し傾いで訝しみを見せる。平素から顔を会わせている友人の顔を忘れたのかと問うようなその表情に晴人は息を詰めたままゆっくりと瞼を閉じ、長く瞬きした。  「瀬戸さん」  「お前もそう思うだろ?あの作文は言葉こそ平易だが見方は違う。それも全部、自分の視野で捉えたものだと勘違いできるくらい愚かなら良かったんだろうがなぁ。」  「瀬戸さん」  「なあ、お前あの文章に噛んでるだろ。」  言い澱んだ言葉を見透かされて晴人は眉を寄せた。アリスなどではなく、まるでチェシャ猫のように目を細め、唇をひしゃげて笑う笑い方は十数年前と変わっていない。晴人は息を吐き出し、右のこめかみを掻いた。  「その『酷い』指導者が俺ですよ」  「やっぱりぃ」  人差し指と親指を立てて両手で拳銃を作り、瀬戸はおどけて晴人を指す。その仕種さえも学生の頃から変わっていない。  「いやー、もう少し気が付くのが遅かったら、14歳の女の子を真面目に口説き落とすとこだったわー」  「そうしたら全力で阻止しますね。教育者として」  「教育者?お前が?」  世界の終わりでも見たような顔で瀬戸は目を見開く。言わんとしていることが判るだけに急激に肩の力が抜け、無償に煙草が吸いたくなった。スーツのポケットを探りかけて、IWCが目に入った。勤務時間が30分残っていたし、そもそも、このホールでの喫煙は禁止されているようだった。  「喫煙所なら会場出た左側にあるぞ」  「いや、勤務中なんで」  「勤務対象帰っちゃったじゃん」  いったいこの人はどこから見ていたんだと思いつつ、結局ポケットの中にマルボロが入っていることを確かめ、クラッチから携帯を取り出す。勤務先への電話はなかなか繋がらない。職員が出払っているのだろう。  「このあと、時間空いてるか?」  「直帰しますんで」  「じゃあ、飲みに行こう。」  「だから、直帰するって……あ、」  タイミング良く繋がった電話は直属の上司だった。  
/131ページ

最初のコメントを投稿しよう!