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開いたノートパソコンの液晶に、見慣れた顔が映る。顎の少し尖ったつるりとした卵型。不必要に長い睫毛。その影を映す血管の透けた頬骨。輪郭のはっきりとした黒目。暗い画面に反射した朧気な生き物。
ーーーああ、そうか。
陽に焼けても赤くなるばかりで色白く、入院してからはそれに一層拍車が掛かったように思えた。
何の変哲もない。26年間、何かにつけ、目の前にあった顔だ。歯を磨くたびに、トイレで手を洗うたびに、不意に窓ガラスに映るたびに。特段愛着があるわけでもなければ、今更恨みもない。
ただ、自分の容姿は、目立つ。
それを認識したのは施設に入ってしばらくしてからだったと思う。自分に向けられる視線が、滅法優しかったり、逆に何もしていないのに忌み嫌われたり。はじめは自分の置かれた境遇のせいだと思った。心中の果てに遺された子など、どのように扱えばよいかわからない。腫物に触れるような心理は人により次第に煩わしさに変わるのだろうと思っていた。自分の背景にあるものが、人にそういう心理を植え付けるのだとそう思っていた。
だが、そうではなかった。
「てんにょさまみたい」
そう言ったのが誰だったのかもう忘れてしまった。ただ、自分の顔はそんな祝福されたものではないことくらい、十分にわかっていた。
何かの拍子に感情の表し方を忘れてしまっていた自分は真っ白い能面のように見えたらしい。それは丹念に作られた塑像に似たもので血の気の通った感を与えず、かといって完成されたもののようにも思われないのだそうだ。
だから、他者は自分の手を入れて完成させたくもなり、あるいは生半な状態のまま破壊したくもなるらしい。それが一史という、曲がりなりにも生命を持ち、行動する生き物であるため過剰な保護であったり、あるいは支配や嗜虐といった方向に振れる。あてられる方は堪ったものではないが、それが自分の顔が齎すものらしいとわかれば、どうにか対処ができた。
つまりは誰からも邪険にされない存在を真似ればよいのだ。
そう考えて常に正しそうな答えを探して及第点を出してしのいできたのが稲生一史という人間だった。
まさに杏の言うとおりだった。
―――いっそ本当に天人であれば、地上から帰る術もあったのかもしれない。
ぼんやりと思いながら、窓の外に視線を移した。 さして高くもない場所をヒヨドリが飛んでいく。
悲劇の救出者でもなんでもない。自分はただ何も持っていない他人の継ぎ接ぎだけでどうにか人間らしさの真似事をする死にぞこないなのだ。杏の腹の中にいる子どもと同じ、肉親と共に死ぬはずだったのに生き残ってしまった。ただ、惰性で生きているだけの存在なのだ。
「あの、」
急に声を掛けられて表情を作りそびれた。看護師が、一瞬息を飲んだのがわかった。良くないと思いながら、継ぎ接ぎの自分を自覚してしまうと、自分が今までどういう風に人の真似をしてきたかわからなくなってしまった。
「なんでしょう?」
「いや、」
口ごもるその姿に自分が何か失態を犯したような心持になって心臓が冷えた。鳩尾辺りがぎゅっと狭く痛くなる。
努めて柔和な表情を意識しながら口角を上げる。
自分は失態などしていないと、不快感を与えるつもりはないと、そう念じながら、相手に先を促す。
「もしも、気分が変わったら」
「はい」
「ナースコールで教えていただければ、中庭を案内しますので」
白色のケーシーを纏った腕が、自分に伸ばされたとき、無意識に肩が跳ねた。看護師はそれに気付くことはなく、一史の傍らに設置されたナースコールのボタンを掴む。
「ああ、……はい」
手渡しを受けながら、頭の血が音を立てて引いていくのがわかる。頬が、唇が、冷たく、覚めていくのを感じる。
「そのときは、お願いします」
そう答えるのが限界で、退室する彼を見送った後、一史はそっと枕に頭を預けた。
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