懐旧と疑念の、青

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 一切合切を自分に押し付けられるのも筋違いだ。そう感じながら、表面上は冷静を繕う。  4年前の話になると、殺伐とするが、瀬戸と話すことは嫌いではない。むしろ好きなくらいだ。世界中を渡り歩く瀬戸の考え方や見方は、日本という狭い島国の考え方を素地に持ちながらも変容を恐れず、奇抜な発想で現代を射抜く。しかしそれら全てが西洋的な考え方を全て享受し、西洋化せよという思想には絶対に至らない。変容する世界に日本人として、変化していくか、あるいは維持を続けるかを考えている。そういった、柔軟でいて自分のルーツに責任と誇りを持つ考え方やスタンスが晴人には好ましく思えた。  「それに関しては申し訳ないことをしたと思っていますよ。声を掛けたのは俺だし俺が企画担当していたので、その責は十分にあります。」  大人の対応を装いながら、晴人は()みかけの煙草に手を伸ばす。下げられたウィスキーグラスの代わりにスコッチが差し出されて、煙草を持たない手でそのまま煽った。  「それで?」  「それ以上に何があるんですか」  半量を喉に流し込んだところで、瀬戸にも、同じ小さなグラスが出される。それで喉を潤し、くぅと唸る。洒落た店だろうと戦場だろうと、関係ないのだろう。どこで飲む酒だろうと関係なくこんな風に生きている事実を噛み締めるような飲み方をするのだろう。  「そもそも、」  一呼吸置いて、カウンタ越しのバーテンダにセサミクラッカとミックスナッツを追加注文する。日本はなんでも安心して食えるし飲めし酔えるからいいと笑う。瀬戸の場合、それが決して大袈裟ではないから晴人も黙ってあとに続く言葉を待っていた。  「何で、まだ日本(ここ)にいるんだ?周防」  純粋な子どもの目で瀬戸は晴人を覗き込んだ。そうして、真っ黒な瞳で晴人を見つめたまま、スコッチグラスに唇をつける。そのまま空になるまで飲み干して指先で原稿をなぶる。  「こんな風に『書くこと』に執着するくせに、何で狭い場所から出て行こうとしない?ペンと紙さえあればどこでもいくらでもできるだろう?」  俺がカメラ1つで飛び出したのと同じように。
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