劣情の、橙

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 確かに自分も初めから才があったわけではない。なんなら今ですら、まだまだ『理想』には遠く及ばない自信がある。それでも漸く5本に1本、自分でも面白い、と思えるような記事が書けるように、書かせてもらえるようになった。それまでに積み重ねてきた下積みに、無駄など一切なかった。それが例え、誰も読まないと思うような懸賞記事であったとしても。  「俺が直すからいい」  短く息を吐いて切り出す。山本は片足重心をただし、前傾に姿勢をとった。  「は?」  「お前が良くてもこの程度でGOは出せない」  「でも、稲生さんだって記事、ありますよね」  「やる気のないお前にやらせるより余程ましだ」  「じゃあ、書き直しますよ、書き直せば……」  その先に続く言葉を容易に察して一史は原稿の束を山本に突き出した。  「いい、懸賞程度(・・・・)でお前の手を煩わせるつもりはない。資料室の整理をしていてくれ。いずれ俺が使う。」  突き返された原稿を唇を突き出して奪う。奪われた原稿はそのまま山本の綺麗(・・)な机の上に散った。  ーーーー写真の色校くらいチェックしてあんだろうな。  目まぐるしく動き回る部内で煙草の一本吸う余裕すらない。息をする時間だっておしい。その中でやる気のない新人の躾をしたい稀有な人材など、いないだろう。
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