好意の、赤

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 「早く帰れよ」  「脱稿してから帰ります。から、帰宅は日付跨ぎます。」  自分への言い訳か、あるいは不貞腐れて張った意固地みたいだ。  声は晴人のシャツに染みて、少し温もらせる、  「それは、残念だな」  下着姿の臀部を持ち上げるように大きな掌が覆う。背後から割り開かれるのに似た感触に、背中へ回した手に力が籠った。  「……ほんとに、遅れますよ」  「うーん、そうねー」  両手で嬲るように揉みしだく。卑猥さよりも冗談じみた動きに体を引き剥がした。  「から、ダメですって!」  「はいはい」  大人しく身を剥がした晴人は三和土から一史を見ていた。身長差が少し埋まって、目線が近く感じる。黒い目に見られると腹の奥底まで見抜かれているようで堪らない。蔦となった視線が裸の自分に絡み付き、柔く拘束しながら撫で回すような錯覚に陥る。  またぞろ熱帯びた顔を俯ければ、追うように迫ってきて唇を覆われる。言葉よりも素直に、従順に唇が割れる。濡れた舌が侵入(はい)ってくる。受け入れて、少し、鳴く。  堪え性のないのはお互い様で、喉を擽られると意識がぼんやりした。  「さて、行かないとな」  舌先が唇を撫でて離れる。甘美で魅力的な口付けが終わると膝が抜けた。  「続きは、明日か」  狡い。  こんなふうに火を点けておいてそんな先を提案する。この意地の悪い手口に引っ掛かるのもシャクで小さく呼吸を落ち着けながら頷いた。そんな意固地を知っていて晴人は小さく笑って一史の髪をかき混ぜる。  「じゃ、行ってくる」  「行って、らっしゃい」  笑みを深くした紳士面にまた絆されそうになって唇を引き締める。扉からその逞しい背中を押し出した。  愛おしい背中の消えた扉に掌をついて、深く息を吸い込み、吐き出した。心臓が落ち着くまでに、まだ、もう少し時間がかかりそうだ。熱を出したように首筋が熱い。  もう一度、肺に酸素を取り込んで、その肺胞一つ一つから息を吐き出した。  「支度、しよう」  背中で温度を増した陽の熱を感じながら寝癖のついた頭を掻き回す。まだ、晴人の感触が残っている。甘く蕩けた頭を正気に戻すためにシャワーでも浴びようかと考えながら再び下着を脱いだ。
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