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わたしは不意に自身の名前を呼ばれて、どこか照れくさくなってしまった。水桃織姫――今週月曜日にそう自己紹介したきり、その名前を誰かの口から聞くのは彼女が初めてである。
悩むべきなのか、どうか。わたしも泉蒲さんと同じように彼女を名前で呼ぶべきなのか。だってわたしだけ名前で呼ばれるというのは、やっぱり不公平というものではないか。
「おまたせー、こっちの桃のイラストがあるほうが織姫ちゃんのねー。私はこっちの空柄のやつー」
うきうきとした調子で作り置きしていたであろう手作りクッキーと、二つのマグカップを持ってくる遙嫁ちゃん。わたしは一応お礼を言い、彼女の手からホットチョコレート入りのカップを受け取った。
「なんかこうしていると、懐かしい感じがするねー。どうしてだろ」
ひょんなことを言う遙嫁ちゃん。わたしたちは初めてこの部屋で会話するはずだ。懐かしいという感覚が沸き起こるわけがない。けれどそのような情動をこの温かい飲み物から感じ取るというのも、一種の風情なのかもしれない。
遙嫁ちゃんの部屋は扉から入って右側にすぐベッド、正面にリビングがあり、真っ直ぐ行って右に折れると突き当たりにキッチン、そこからさらに廊下側に折れるとトイレに行き着く。扉から見てリビングの一番奥には、大きなクローゼットが置いてある。
間取りはわたしの部屋とほとんど変わらないが、それぞれ家具の配置が違う。わたしは扉のある側に本棚を並べ、遙嫁ちゃんが居間にしている場所に勉強机を置き、その向かいにベッドを設えている。
あとは似たようなものだ。大きな箪笥が廊下側から見て一番奥に置かれ、窓は無い。唯一トイレに廊下と繋がる小窓があるばかりだ。新鮮な空気はそこから取り込むしかない。
「それで? わたしに何を話したいの?」
「うん。それはね……」
それから遙嫁ちゃんは話し始めた。わたしはホットチョコレートとクッキーを心の依り処にして、彼女の話を聞くのだった。
「まずこれを見て」
そう言って彼女が取り出したのは、先ほども見せてもらった複数の心霊写真だった。
「これを見て、どう思う?」
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