第1章

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 わたしは問い掛けられて、怪訝な表情になったことだろう。いかんせんわたしにはホラーに傾ける愛嬌など存在せず、巷の女子たちが「キャー!」やら「こわーい!」やらと大声で女子らしさを発揮(アピール)している間に、後ろのほうで騒音被害に溜め息を吐いているような人間だ。  つまり霊を信じない。  霊体の不信は魂の不信であって、人体という一個概念の中にはおよそ血と肉しか存在せぬと考えているのだ。実物を見せられたところで一瞬どきっとはするものの、別段驚きはしない。 「偶然の産物ね」  わたしは三枚の写真にそう結論をつけた。 「と言うと?」  泉蒲さんがさらなる意見を訊いてきたので、わたしは言うことにした。 「まず、この一枚目の写真だけれど、明らかなシミュラクラ現象ね」 「うんうん!」  わたしは神社の境内にて撮影された人物、その背後に人の顔らしきものが写り込んでいる心霊写真を見て言う。 「人間の脳というものはよく出来たもので、相手を見たとき瞬時に対象の動向や感情に対応するため、その目を見るものなのよ。簡単に言えば、最近のカメラにも搭載されている視線検出技術(アイトラッキング)ということになるわ。しかしその人間の防衛反応は、この現代において弱点にも成り得る。人間の脳は口と目、逆三角形の点さえあれば、何でもかんでも顔と認識してしまう習性を持つのよ。あなたにも一回くらい覚えがあるのではなくて? ただの木目が顔に見えたり、部屋の壁紙に人の顔を見たという経験が」 「たしかに! それは何度もあるね!」  泉蒲さんは一枚目の心霊写真をわたしから受け取り、こくこくと頷いた。 「そうでしょう。人間の脳とはおもしろく、選択的反応特性……つまりは局在的機能としての動体感知能力を持っているということよ。昔の研究では、顔ニューロンなんてものも発見されたらしいわ。赤い、丸い、甘い香りがする……そうした断片的事象から五感を用いて一つひとつ情報を集めると、それがリンゴであるとわかる。人間はそうして外界情報を得ているの。もっとも相手の表情からその感情を読み取れなくなったのなら危ういわ。相貌失認症は何らかの病気である可能性が高いから」 「なるほど……! ……って、つまりどういうこと? この心霊写真に写っているのは幽霊ではないってこと?」  意気揚々と身を乗り出してくる遙嫁ちゃんを手で制止して、わたしは言う。
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