1/3
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ

古谷燕が市川美南とはじめて会ったのは、22歳の春。 祖母の見舞いに行った帰りに、病院近くの公園で胡坐をかいて煙草を吸っていた時のことだった。 広々とした芝生にはまさしく春というべき温かい日ざしが降り注いでおり、しろつめくさが一面に花開いていた。 そのうつくしい空間の一番隅で、燕は一人煙草をふかしていたのである。芝生の整えられたエリアはぐるりと緑の生垣で囲まれており、座り込んだ燕の視界にその外側のものは何一つ見えなかったが、小さな子供のはしゃぐ声が遠くからいくつも重なって聞こえていた。 燕は煙草の煙を輪っかにしていくつか吐き出し、ぼんやりと祖母の様子を思い返していた。 燕が大学に入学したその日に、家の二階のベランダから、ぽおん、と跳んだ祖母は、もう四年目を覚ましていない。 ちょっとよく分からない、と、祖母を前にするといつも燕は思う。 だってたかが一軒家の二階だ。下にはこの公園ほど整備されてはいないが、芝生と植木のクッションもあった。いくら祖母が歳だと言っても、骨折くらいで済んだ可能性の方が高かったはずだ。 それでも祖母は跳んだ。     
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!