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ベランダからは道路を挟んで斜め向かいにあるゲートボール場の桜がよく見えた。あの日、例年通り燕は祖母と並んで簡易的な花見をしていた。
ねえ、ばあちゃん。今年の桜は散るのが遅いね。
そう話しかけながら桜の海から傍らの祖母に目を移すと、すでに彼女はベランダの高い柵によじ上り、その上に真っ直ぐに背筋を伸ばして立っていた。
生まれた時からそこに立つことが決まっていたみたいな、圧倒的な安定感がそこにはあった。だから燕も、危ないから降りなよ、などとは言わなかった。ただ、祖母の横顔を見つめていた。
そして祖母は、ぽおん、と跳んだ。
柵を蹴って十センチくらい飛び上がり、そのあとは春の空気沈み込むように落ちていった。
燕の目には、彼女のロングスカートがひらめく様ばかりが残された。いつも密かに紅茶の出し殻みたいだと思っていた、祖母お気に入りの草木染めのスカート。
大きくひらめいたそれからは、祖母の白いふくらはぎが覗いていた。
色も形も若い頃のまま、触れる人もなくしんと萎んだふくらはぎ。
青い芝生の上に横たわった祖母の身体を、燕はしばらく黙って見下ろしていた。何もかもが本当とは思われなかったのだ。
だってついさっきまで祖母は、燕に桜の花びらを浮かべた甘酒を作ってやると、にこにこしていたのだ。
ちょっとよく分からない。
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