いつかの景色

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いつかの景色

 週末はいつもローカル線に乗り込む。一車両しかない乗客も少ない鉄道に乗るのは楽しいものだ。ゆったりと席に座りながら車窓の景色が流れていくのを眺めるのは至福の時間である。いつもの地獄のような通勤電車は思い返すのも嫌になる。 車窓を見ると種類の分からない花が咲いている。どこまでも続く花畑はどこか現実離れしている。 贅沢にも隣の席を荷物置きにしている。俺のほかに乗客がいないから他人の目を気にする必要もない。鞄を漁り、文庫本とペットボトルを取り出す。  持ち手のいない吊革が揺れている。小さなころはあそこまで手が届かなくて必死に手を伸ばしたものだった。父に抱えられ吊革を手にしたときはとても嬉しかった記憶がある。  ペットボトルの水を一口飲む。息の塊を吐き出して背もたれに体重をかけた。 車窓の花畑は夕日に染まりオレンジ色の絨毯みたいに見える。開けた窓から柔らかな風が車内に吹き込んでくる。甘い花の香りが心地よい。
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