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綺麗……。
蛍石に見惚れる朔をよそに、紫月は部屋の中を見渡して何か考え込んでいる。時々息を吐いては首を傾げたり、低い声で唸ったりして、えらく難しい顔をしていた。
「うーん……」
「紫月さん……、何かわかりました?」
朔はペンダントを紫月に返して、恐る恐る聞く。悪夢を見るのはこの家のせいかもしれない、というのが、朔の予想だ。
「朔……。この家にいて何ともない?」
「何ともなくはない……です」
「そうか。あのね……、怖がらないで聞いてほしいんだけど、この家の中にも結構いるよ」
「えっ……」
「しかも、これ……。全部蛇だね」
「えぇっ!」
途端に、全身に鳥肌が立った。
「あぁ、大丈夫。この程度の小者なら簡単に祓えるから。……にしても、まぁ、見事な数だ。さてはこいつら……。ここで増殖したな……」
「ぞうしょ……く?」
「蛇は卵を産んで増える特性があるからね……」
独り言のようにそう言った後、紫月は朔をじっと見つめた。あまりに鋭く真っすぐなその視線に、朔はまた目を逸らす。
「朔。君以外で、この家に出入りした人は他にいる?」
朔は少し考えてから、かぶりを振る。この家にはまだ親でさえも通したことはなかった。
「……そうか。それは幸いだった。誰かがもしここに入ったら、朔と同じように祟りをもらってたかもしれないよ」
紫月は笑みを浮かべ、また湯飲みに口を付ける。穏やかな口調で、笑いながら話す内容でもない気がしたが、そういう柔らかい紫月の雰囲気は嫌いではなかった。紫月はその口調のまま、さらに続けて言った。
「生霊っていうのはね、案外死者の霊よりもずっと厄介なんだ。生きている人間から発せられる念は強いし、死者なんかよりもずっと粘着気質だったりする。放って置けば無限に増えるし、念も強くなる一方だしね。朔はまだ完全に憑依はされていないみたいで良かったよ。不幸中の幸いだ」
霊。憑依。祟り。今、紫月の話す言葉はどれもあまりに突飛だ。到底理解の及ばない紫月の話を聞きながら、朔はただ、そこにいて相槌を打つしかなかった。
「彼らは今、みんなで寄ってたかって朔に完全に取り憑こうとしてる。謂わばここは、蛇の巣ってとこかな」
「へ、蛇の巣……ですか」
それを聞いた瞬間、背中がぞわっとした。まるで、自分の背中をたった今、蛇が這って行ったかのようだった。
「それじゃあ……、この家のせいじゃないんですね」
「あぁ、この家はただ古いだけ。でも、古い家には悪いものも良いものも憑きやすくなるんだよ。たぶん、朔が見ている悪夢っていうのはこいつらのせいだ。彼らにとっては、朔が寝ている最中が絶好のお食事タイムなんだろう」
「お食事……」
「夜間、眠っている間っていうのはどうしても無防備になるだろ。彼らはその隙に、朔の生気を吸い取って力を付けてるんだよ。そのせいで朔は悪夢を見てる。朔がこのままここにいれば、やがて完全にとりつかれて、体を乗っ取られてしまうかもしれない」
思わず身震いをした。乗っ取られる、という状態になった時、自分が一体どうなるのかはわからないが、少なくともそれは気持ちのいいものではないはずだ。
「じゃあ、やっぱり……、早いとこその悪霊の大本を探さなきゃならない、ってことですか」
「そういうこと。そうしないと、延々いたちごっこになるだろうからね」
朔は落胆し、顔を俯かせる。その話が本当なら、その大本が誰なのかが明らかにならない限り、朔はもう一生こうやって悪夢と毎夜戦い続けなければならない、ということになる。
「絶望的だぁ……」
「そう落ち込まないで。ほら、そういう時の為のお祓いだろ?」
「お祓いかぁ……」
本当にそんなのが効くのかな……。
「とりあえず早いとこ、ここにいるのをみんな取っ払っちゃおうか。あ……、そうだ。始める前に料金の話だけしとこう」
紫月の言葉を聞いた朔は、ハッとして顔を上げた。
あ、そっか……。お金払わなきゃいけないんだった………。
代金の支払いももちろんだったが、朔は今日、占いやお祓いの相場というものも一切何も調べないまま、この男に依頼をしていた。一瞬ヒヤリとしたが、幸い今日は給料日の後で、財布はそこそこ潤っている。いくら高額でも、その中身が空っぽになるようなことにはならないだろう。――と予想して、朔はホッと息を吐いた。
「いくらくらいなんですか?」
「うーんと……、その足に絡まってるのと、この家に巣食ってるので……、そうだなぁ……」
紫月は湯飲みに口を付けてお茶をすすってから、少し考え込んだ。
「ざっと……、五十、くらいかな」
「ごぉっ……! ごじゅ……!」
想像していた金額を大きく上回っている。朔はごくりと唾を呑んだ。
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