第三話【アブナイ霊媒師】~千代田朔~

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 何を言われたのか、すぐには理解ができなかった。もちろん、紫月の声も言葉も、朔にはちゃんと聞こえていたが、それが頭の中で状況と一致しないまま、エラーを起こしているような感覚だった。ここで今、なぜ朔が服を脱がなければいけないのか。全くもって意味がわからなかった。 「ふ……、服を脱ぐって、何の為に?」 「ちょっと気になることがあってね。それを確認させてほしいんだ。朔、服脱いで」  言葉選びは丁寧(ていねい)だが、何やら口調が強くなっている。朔はごくりと(つば)()み込んだ。 「ぬ、脱ぐ……だけ、ですか?」 「うん」 「わかりました……」  朔はそう返事をしてから、ネクタイを(はず)して(そば)へ置き、ワイシャツのボタンを(はず)しはじめる。だが、指先が(ふる)えてろくに力が入らなかった。きっと、予想もしなかった展開に体も驚き、強張(こわば)ってしまっているのだろう。たった数個のボタンを外すのにもたついていると突然、背後から紫月の手が伸びてきた。 「なっ……! なんですか!」  慌てて朔は振り返る。 「だって、遅いから。もったいぶってるのかと思って」 「違いますっ……!」 「じゃあ、恥ずかしい?」 「それも違いますっ……!」  実際、それは間違ってはいなかった。相手が男だからと言って、急に服を脱げと言われたら、誰だってその意図が理解できずに戸惑(とまど)うし、動揺するに決まっている。……ただ、もったいぶってはいなかったと思うが。 「ちょっと……、ビックリしたんです」  そう言いながら、ボタンを一つ、また一つと外していく。手に汗が(にじ)んで指先は震え、心臓はドクン、ドクンと高鳴っていく一方だった。 「俺がやってあげようか?」 「大丈夫ですっ! ほ、ほら……っ、脱げましたから!」  なおも伸びてくる手を振り払ってからワイシャツを脱いで、朔はそれをネクタイの(そば)へ放った。  なんだよ……、もう。インナー着ててよかったぁ……。  ところが。 「これも()らない」  そう言われて、朔はワイシャツの(した)に着ていたインナーまでも、無理矢理脱がされる。 「へ……? あっ! ちょっ、ちょっと何……!」 「いいから、脱いで」 「えぇ……?」  上半身だけ裸の状態で、朔は振り返って紫月を(にら)んだが、紫月はただ朔をじっと見つめていた。これではまるで、男娼(だんしょう)のようではないか、と自分で思ってから、朔の頭の中には嫌な予感がちらつき始める。だが、すぐに頭を振った。いや、そんなはずがない、と。 「紫月さん……? 僕の服なんか脱がせてどうするんですか? まさか、これもお(はら)いの一環(いっかん)だとか言うんじゃないですよね?」  両腕をさすりながら、朔が怪訝(けげん)な顔で言った。だが、その時だ。 「ひゃ……っ」  不意に、朔の背中に何かが()れた。指だ。紫月の指の腹が、朔の背中を()でている。 「ちょっと! な、何して――」  無言のまま、朔の背中は紫月の指先によって数回撫でられる。ゆっくりと、何かを()でるように()れる、その指先は熱い。 「紫月さん……! あ、あの――?」  (あせ)って振り返る。紫月の鋭い目と視線がぶつかった。いよいよこれはまずい流れだ。朔は咄嗟(とっさ)(ほう)ったワイシャツに手を伸ばそうとした。が、次の瞬間。 「わっ……!」  朔は自由を失った。体を強く抱きしめているのは、紫月の腕だ。一体何が起こっているのか。何が何だかわからないまま、朔はもう一度振り返った。すぐ(そば)には、紫月の顔があった。  ち、近いっ……! 「ちょっと……! あなた本当に何なん――」 「やっぱり……」 「はい……?」 「朔、この(あざ)は?」 「えっ……?」 「背中の痣は、いつからある?」  耳元で静かにそう(たず)ねられ、朔は混乱する頭を必死に働かせた。  背中の痣……。 「あ、えっと……、それは生まれつき、ですけど……」 「生まれつきか……。そうか……」  妙に真剣な声で紫月が話すので、朔は今、この男に背後から抱きしめられている()(さい)(ちゅう)なのだ、ということを忘れてしまいそうになる。  朔の背中には生まれつきの痣があった。だが、単に『痣』と呼ぶにはその色や大きさは少し異様である。一般的には青い色が多いと聞くが、朔の痣は赤黒(あかぐろ)くて、大きかった。まるで、刺し傷の(あと)のようだ、と言われたこともある。もっとも、それを言った人間が実際に刺し傷の痕を見たことがあるわけではなかっただろうし、朔自身もそんなものは見たことがなかったが、同様に思ってはいた。 「変ですよね、それ……。色も変だし、大きいし……」  一緒に銭湯へ行ったりすると、友人には驚かれる。「痛そうだな」と同情されたりもするが、これが全く痛くも(かゆ)くもない。母親に聞いても、その痣ができた原因はわからなかった。ただ、それにきっと害はないのだろう。実際にその痣があって困ったことや面倒があったことは一度もないのだから。と朔は、そこまで深く考えていなかった。 「――で、その……。背中の痣がどうかしたんですか?」  紫月は黙ったままだった。その表情は確認できないが、熱い吐息(といき)が耳にかかっているのを感じる。
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