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ロータリー
無機質な女性の声が、終着点である駅の名前を告げた。僕の前に座っていた女性がそわそわとしだす。プシュー、とバスが止まった途端にぱっと席をたち、通路の向かいの人間には目もくれずにつかつかとヒールを鳴らして降車した。
だらりと座席に身を任せていた君が、周りの人があらかた降りたことを見計らって悠々と席を立つ。手馴れた様子で定期券を運転手にかざす。運転手はそれをまともに見ずに「ありがとうございました」と耳に心地よい声で言った。
はぁ、と君が息をつく。細い首をくるりとまわすと、こき、と音が鳴った。
「疲れたの?」
「常に」
君は冗談めかして言った。とはいえ、21年間君を見てきた中で、いつでもこんな調子だからなんとも言えない。
「人と話したあとは不安になる。不愉快にさせなかったかどうか」
君は少しだけ眉を下げて、1度失言をした気がするんだよねぇ、と先程と同じ調子でつけたした。
「別に、相手はそこまで気にしてないと思うけど」
「わたしの存在を?」
「極論だね。うん、でもまぁ、そういうこと」
「だろうね。でもさぁ、一瞬とはいえ、相手の時間はわたしのものだった訳じゃない。それが不愉快なものだったら、悲しいだろ」
僕らは駅前のざわついたロータリーで、2人して立ち話をしている。僕の後ろを会社帰りのサラリーマンが、すこし鬱陶しそうに身をよじらせて僕らをよけていった。「あー、ほら。今あの人の瞬間は不愉快だったわけよ」と、君は見ず知らずのサラリーマンの背中を指さした。
「...君は人間が嫌いなのかい」
「いや、まさか。嫌いだったらこんなに気にしてない。好きだよ」
「僕のことは?」
「どっちでもない」
「僕も人間なのに」
うくく、と君は笑った。
「そうだね、わたしと一緒」
「君は人間だろ。だから、僕も人間」
「そりゃそうだ。わたしは凡人だから。だから君も...あ、てことは、君のことは好きってことになっちゃうね」
君はそう言ったあと、唸るような声を上げて不愉快そうな顔をした。ちょっと、と僕が咎めると、君はまた冗談めかしたような顔に戻って、「まぁいいや、どうでも」と軽い調子で言葉を投げた。
「21年間、どうでもいい扱いされてる僕の身にもなってよ」
「そのくらいがいいでしょ、君なんてさ」
最終バスがロータリーに帰ってくる。また迷惑そうに身をよじられ、避けられることがないように、僕らはそそくさと家路に着いた。
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