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替芯
「生きることは簡単だと思わない?」
君は僕の目を見ずにそう言った。薄暗い部屋の中で、机の上のスタンドライトが煌々と君の顔を照らす。君の手とともに、薄い紙にシャーペンを走らせる音が響いた。
「遺書を書きながら言う言葉じゃないと思うけれど」
僕の口から平坦な声が漏れた。何が面白かったか、君は口の端をくいっと上げて喉をならす。うくく、と声を殺すように笑うのは君の癖だ。どんなに面白おかしいことでも、君はうくくと笑う。
「これは遺書じゃない。ただの手紙だもの」
「誰に向けての」
「私が死んだら泣く人への」
シャーペンの芯が折れた。カチカチ、とノックをするが、銀色の細い口からはなにも出てきはしなかった。あらら、と君は軽い口調で嘆いたあと、飽きたように天を仰いでポイとシャーペンを投げた。今日はここまでだ。と言った。
「残りは明日書くよ。替芯を買わなければいけないから」
君は僕を見上げて口の端を上げてみせた。
「明日はきっと、消しゴムを無くすだろうね」
そう返した僕に、君はうくく、と笑ってみせた。
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