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私は後ろ手で静かにノブを回し、ドアを閉めた。
タタタと小さく軽快な足音が聞こえたので、ドアが半開きになっている洋室を見た。重力に逆らって尻尾をピンと立て、部屋から出てきたのは黒猫だった。ピッキングの音に興味を持って、様子を見に来たようだ。
私と視線を合わせると、見知らぬ人間だと気付いて、動きを止めた。耳を左右に向け、尻尾を股の間に垂らして、警戒している。
視線を下げて、自身が猫の目にどう映っているかを確認する。上下ジャージで、ジョギングから帰ってきたかのような出で立ちだ。どのスポーツ用品店でも売っている安い素材のもので、その表面はテカテカしている。顔に触れると、大きなマスクがガサゴソ音を立てた。何も怪しくない、至って普通の空き巣の様相である。
私は鍵をかけようとして、つまみが無いことに気付いた。外側と内側のドアノブの両方が鍵穴になっている。徘徊する老人や分別のつかない子供を外に出さないために使われる、珍しい仕掛けである。マンションに最初から付いているとは思えないので、大家に内緒で取り付けたのかもしれない。
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