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「洗濯の代金を支払えばいいかな。いや、それだけでは申し訳ない。お詫びに私から代わりの服も用意させてもらおう。いまから、パラティヌスの丘にある屋敷まで一緒についてきてくれるかい」
高級住宅地の名を耳にして、男は口の端を歪めてにやけた。
「そうだ。まだ君の名前を聞いていなかった。所属は? どこの軍団のどの隊なのか教えてくれるかな」
アッティクスは若い従者から白い布に包まれた荷を両手で大事そうに受け取ると、うっすらと微笑みを浮かべた。重みのある細長い包みを抱えるように持ち、確かめるように撫であげると、中身を取り出そうとした。
「お、おいッ。なんだよ、それはっ」
往来のこんなところで、剣を抜いてはいけない。キケロは止めようとしたが、物騒な気配を察したのは男たちも同じだった。
「ひいっ」
「ずっ、ずらかるぞッ!」
先刻までの威勢はどこへやら、三人は転げるように慌てて走り去っていった。それぞれの後ろ姿は見る間に小さくなっていく。反対側からは荷車を引いた駄馬が近づいてくる。
「怪我はないか、キケロ」
逆光を背にしたアッティクスが、キケロの顔を覗きこんだ。
「アッティクス!」
「久しぶりだな。君はまた少し痩せたんじゃないか」
差し出されたアッティクスの厚い掌を、キケロは両手で強く握り返していた。
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